開催日 2026年4月11日(土)15:00~17:00
テーマ 『農業を会計で理解しよう ~簿記会計から自然資本会計まで~ 』
発表者 宇都啓介 会員
エグゼクティブサマリー:
農業会計を通じ、日本の農業が技術面よりも経営面に大きな課題を抱えている実態が示された。価格決定権の欠如やコスト把握の不十分さに加え、自然条件や制度に依存する構造が収益性を不安定にしている。診断士には、決算書を対話の材料とし採算管理や販路改革を支援する役割が求められる。また、自然資本会計やSSBJ開示の進展により、将来リスクを踏まえた経営支援の重要性が高まっている。
主なポイント:
本定例会では、農業会計を切り口に、日本の農業が抱える構造的課題と、中小企業診断士の支援可能性について議論が行われた。登壇者は生命保険会社の融資部門で農業融資に携わる中で、「農業は儲かるのか」という審査上の疑問や事前分析の難しさに直面し、農業簿記の必要性を認識したことが発表の背景である。
日本の農業は、高い技術力やブランド力を有する一方で、価格決定権を持たない取引構造により収益性が不安定であり、コスト把握も不十分であるなど、経営面での課題が大きい。また、就業者数は戦後の約1,500万人から約180万人へと大幅に減少しており、危機的状況にある。経営形態は個人が中心で、複式簿記の導入も限定的である。さらに、自然条件によるリスクの高さ、補助金依存、収益化までの長期化など、他産業とは異なる特徴を有している。
こうした背景のもと、農業会計には独自のルールが存在する。収穫物をその年の収益とする収穫基準や、自家消費分を売上計上する処理、生物資産の区分(棚卸資産と固定資産)、JA委託販売における概算金精算など、一般企業とは異なる仕組みが採用されている。これらの理解なしには、農業経営の実態把握は困難である。
診断士の支援においては、決算書を単なる分析対象ではなく、経営者との対話の起点として活用することが重要である。具体的には、作物別の採算性を把握し、利益の出る品目への転換を促すことや、JA依存から脱却し直販ルートを開拓することで価格決定権を確保すること、設備投資の回収を見据えた商品構成の見直しなどが挙げられる。
さらに、近年注目される自然資本会計の概念も紹介された。これは、土壌や水資源、気候といった自然資本への依存や影響を可視化し、将来的なリスクやコストを経営判断に織り込む考え方である。上場企業ではSSBJ開示基準の適用が進み、サプライチェーン全体への影響が見込まれる中、中小企業や農業分野においても対応が求められる。診断士には、こうした「見えないリスク」を捉え、事業継続に向けた助言を行う役割が期待されている。
質疑では、JA依存による損益の見えにくさに対しては、制度変更ではなく、作物構成の見直しや高付加価値商品の直販強化といった現実的対応が有効とされた。また、自然資本の考え方は観光業など他産業への応用可能性も指摘された。
本発表は、農業を「技術」ではなく「経営」として捉え直す必要性を示すとともに、診断士の新たな支援領域としての可能性を提示するものであった。
